USAの夏休み(CS Blog by NAKI)

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米国の学校の夏休みは長い。

およそ三ヶ月、

6月の頭から8月の終わりまでだろうか。

やたらと長いので、

この休みのあいだに何かにひたすら打ちこむ子どもたちがいる。

スポーツや武道は、

そんな没頭が重要だと感じている一人なので、

この休みを有効に使えるアメリカの子どもたちがうらやましく感じる。

さて、

2の『ビーターの登場』の舞台となる海水浴場は、

小学校高学年ならば親が公認する遊び場となる。

海水浴場と冠がつけば、

ライフガードもいるので水難事故の心配もほぼない。

朝9時ごろになると、

親がそれぞれの車でやってきて、

子どもを海付近のカーブでドロップ・オフする。

ひとりで来るもの、

または学校選抜隊のように団体でドロップオフされていく子どもたち。

よく覚えているのが、

巨大なSUV、

例えば黒のシボレー・サバーバン・タイプで乗りつけた、

ワンダー・ウーマンみたいなお母さんが腕まくりして、

ラゲッジから道具を降ろし、

そして全員のピックアップの手配や確認をしてさっと去っていく。

そのママは、

こんなことを毎日やっているらしく、

的確であり、

ベテランの風格があった。

ちなみにドロップ・オフ(Drop off)とは、

車で人を送り届けるという意味である。

ドロップされた子どもたちは、

海岸の一角に陣取り、

午後にピックアップされるまで波乗りに興じる。

このときビーターは、

子どもたちの最高の遊び道具になる。

年少時に燃えるのはスキム・ボードだろうか。

スキムというのは、

波が行ったばかりの濡れた砂浜にボードを滑らせるもの。

深みに行きづらいので、

泳げなくてもトライできるのが魅力だ。

ただこの遊具がサーフボードだと、

すぐにディング(壊)するので、

耐久性のあるファイバーグラスを板状に重ねるのが、

スキムボードの大枠だ。

これだと海水浴場で使用すると危険なのでNGとなる。

ボディボード素材ならば大丈夫。

で、

ビーターはトム・モーリーの草案を4の

『ビーターの完成』に描かれた

ジョニー・レッドモンドたちによってポリッシュされたものだ。

ちなみにトム・モーリーは、

モーリー・ブギーの創始者であり、

ボディボードをブギーボードと誤謬させつつ、

販売数世界一になった人である。

この適度に硬く、

絶妙のレイルラインが子どものが波打ち際で滑り、

そして波にぶつけて戻ってくるという修練が各地で行われていた。

ある子は天才的で、

考えられないようなムーブメントをして奇術のような滑りを見せていた。

ラグナ・ビーチの超天才ブレア・コンクリンや、

美形モデル一直線のタイラー・スタナランドもその一人だった。

スキム好きな子の夏の相棒がビーターとなり、

サーフしたい子たちもビーターに乗り、

目線が低い滑走が好きな子どもはビーターでボディーボードを楽しんだ。

ほぼ全員の遊具がビーターとなったのだから、

ネゴシオ通り突き当たりにあったキャッチサーフ社は、

ジョージの予感通りに社員が増えていった。

(続く)

 

NAKI(ナキ)■キャッチサーフ社広報、アジア担当エージェント。プロサーファー、1992年メキシコのASPテカテプロ7位を機にフリーサーファーとなる。フォトグラファー、プロデューサー、エッセイストであり、〈ハッピーサーフ思想〉の創始者。また「キャッチサーフの想い」に殉ずる覚悟で、このソフトボード世界へ夢を乗せて日々波に乗っている。ちなみに尊敬する人のひとりに同社主宰のジョージ・アルゼンテとあるのは、リップサービスではなくて真実だ

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